やさしいコーヒーの味
虎ノ門3丁目、国道1号線・桜田通りから新橋側に少し入ったところに、ぽつんと建っているコーヒーショップがある。松屋珈琲店という。
世界各地から輸入しているコーヒー豆の焙煎・小売および卸売が主業務だが、自家焙煎の淹れたてコーヒーをテイクアウト(260円)することもできる。店内にはテーブルが1つ、4席だけ設けられているので、空いていればその場でも楽しめる。これがまた良い。
訪れた日のコーヒーは、ペルーの奥地・アチャマル村のタカハシさんという方が経営する小さな農園でとれた珍しいもの。「農薬なんて使わない。そもそも農薬を買うお金がない。だから自然の力だけで育てたコーヒー」とのお話。一口含んで驚く。何という豊かな香り、やさしい味。コーヒーって、こんな味だっけ? 聞けば、豆のフルーティーなおいしさを引きだす焙煎技術を追求しているとか。そのこだわりが伝わってくる。
松屋珈琲店は大正7年(1918)創業の老舗。同社のホームページによれば、明治41年(1908)にブラジル移民が始まってから、多くの日本人がサンパウロ州のコーヒー栽培に従事し、その功績に報いる形でサンパウロ州政府は大量のコーヒー豆を日本に贈った。それを引きとり普及に力を入れたのがブラジル移民を推進し「移民の父」と言われた水野龍氏であり、彼の下で手腕を発揮したのが、もともとは旗本の家柄で後に松屋珈琲店の創業者となった畔柳(くろやなぎ)松太郎氏であったという。
ブラジル移民には悲惨な話も多いが、日本でのコーヒー普及の原点でもあったわけで、そうした近代史の1ページに思いをはせれば、コーヒーの味わいも一層深まるというものだ。
なお、水野氏が明治44年(1911)に開店した日本初の喫茶店「カフェパウリスタ」は関東大震災(1923)で失われるが、戦後かつての従業員の手で再興され、今も銀座8丁目で営業を続けている(写真右下)。
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