桃の節句に桜餅
2月も半ばになると、「ひな祭り」に向けて桜餅が和菓子屋の店頭をにぎわす。だが、ひな祭りは桃の節句であって桜の節句ではない。なぜ桜餅なのか。そもそもの供え物は、赤、白、緑を重ねた菱餅だったはずである。その市場が広がりを持たなかったため、その色にかけて、赤の桜餅、白の大福餅、緑の草餅の売り込みをもくろんだのではなかろうか。
さて桜餅は、隅田川を挟んで浅草の対岸、向島5丁目の「長命寺」近くに店を構える山本屋の初代店主、山本新六が享保2年(1717年)に考案したとされる。隅田川のこのあたりは徳川吉宗が開発した桜の名所で、長命寺の門番をしていた新六が、桜の葉で餅をくるんで花見客に売り出したところ、大ヒットしたというのである。
この山本屋の桜餅は、3枚の葉でくるむなど、ちょっと変わっている。小麦粉などで作った焼皮で餡を巻くかサンドし、1枚の葉でくるむのが一般的であろう。だがそれも関東の話。関西で桜餅といえば、道明寺粉を使った粒々感のある餅で餡を包んだものをいう。例外もあるが、塩漬けの桜の葉で包むのは東西共通のようである。
ところで、この葉も一緒に食べてしまう人が多いのに私は驚く。葉をはがして食べると怪訝な顔をされるのである。全くの個人的感想だが、まるで漬物と一緒に食べているようでミスマッチもいいところだ。柏餅だって(菓子ではないが)柿の葉寿司だって、葉は食べないではないか。古来、植物の葉は食器代わりにされたし、食物に香りをつけたり、葉に含まれる殺菌成分で保存性を高めたりするために使われてきた。だから、葉を食べるのは本来の姿ではないと思うのだが。
まあ、理屈っぽい話はさておき、季節の味は気持ちよく楽しもう。「西新橋通信」としては向島に行くのも何だなあと思い、虎ノ門3丁目の「岡埜栄泉」を訪ねた。かつて日本サッカー協会会長をしていた岡野俊一郎氏が経営する上野駅前の有名店とは関係がなく、大正元年(1912)創業、昭和23年(1948)から当地に店を構え、豆大福がうまいと評判の老舗である。店の外観の特徴となっている大きな丸窓には雛人形が飾られ、季節感を演出していた。こちらの桜餅は、かなり水分の多いジューシーな餡を紅白2種類の薄い生地で巻いたもの。この餡を包むのは技術が要りそうだ、などと考えながら、おいしくいただいた。もちろん、葉をはがして、である。
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