歴史と「上質」の空間
JR新橋駅から外堀通りを虎ノ門方面へ向かうと、間もなく左手に、鉄筋コンクリート造4階建てのレトロな建物が目に入る。合資会社堀商店のビルである。1933年(昭和8年)の竣工で、国の登録有形文化財となっている。虎ノ門近くの旧文部省(こちらも登録有形文化財)とほぼ同時期の建物で、やわらかなカーブを描いたスクラッチタイル張りの外観デザインには共通するイメージがある。
戦前、新橋のこのあたりには家具や建築金物を扱う商店が数多くあったといわれ、中でも堀商店は1890年(明治23年)創業の錠前や建具金物の老舗である。創業当初は欧米から錠前や建具金物、暖炉金物などを輸入して販売していたが、大正時代に入ると自ら製造を手掛けるようになり、高性能で意匠性の優れた製品を世に送り出してきた。特に伝統的な手法を駆使し、ハンドメイドで少量生産に対応できるメーカーは国内に例がなく、歴史的建造物の錠前や金物の修理復元などには欠かせない存在となっている。最近では、2006年~2008年の赤坂迎賓館の大規模改修工事、さらに丸の内初の近代的オフィスビルといわれた赤煉瓦の三菱1号館(明治27年竣工-昭和43年解体)の復元工事にも参加している(2010年、美術館としてオープン予定)。
さて、このビルは一見すると入りにくい雰囲気だが、一般消費者への販売もしており、誰でも気軽に入ることができる。扉を開けて一歩中へ足を踏み入れると、ビジネス街の喧騒から突然別世界に紛れ込んでしまったような不思議な感覚だ。そこには、昭和の初期にはさぞかしモダンな印象を訪問者に与えたであろう空間が広がり、美しいドア錠や金物類、歴史的なコレクションなどが陳列されている。中には一般の方に親しみやすい商品もあり、映画にでも登場しそうな写真の鞄は9万円から16万円、大人が腰を掛けても大丈夫という機能的で堅牢な逸品だ。その脇に並ぶ鋳物の灰皿や刃物、装飾品などは数千円から、またオリジナルキーホルダーは6~7千円で買い求めることができる。ちょっと気の利いた贈り物になりそうだ。運がよければ、4代目社長の堀英一郎さんが、あなたを迎えてくれるかもしれない。
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