トンネルを抜けると…
「…トンネルを抜けると雪国であった」の一文は、文学的な価値はさておき、山を隔てた日本海側と太平洋側の冬の気候の違いを象徴的に表しているように思える。確かにトンネルというのは、くぐりぬけた先に別世界が広がっているような、神秘的なイメージをもっているものである。
だが、写真のトンネルは、くぐり抜けても劇的な変化は何もない。よくある鉄道や道路の高架下に作られた通路のように思う人も多いだろう。
このトンネル、「愛宕隧道」(あたごずいどう)という。国土交通省関東地方整備局の広報誌「みらいこくど関東2008年2月号」によれば、東京23区内で最も高い自然の山である「愛宕山」(標高約26m)を堀りぬいた23区内唯一の「山岳トンネル」である。昭和5年(1930)竣工、2004年に内壁の耐震補強工事が行われているが、ぼぼ竣工当時の姿をとどめながら、すでに80年もの歴史を刻んでいる。写真左が愛宕下通り側の入口、右が国道1号線(桜田通り)側の入口だが、まっすぐ撮影しているのに右側に傾いて見えるのは、入口が道路に対して直角ではなく約70度の角度になっているためで、大変珍しいそうだ。
愛宕下通り側の左手にあるタワーのようなものは、愛宕山山頂(愛宕神社やNHK放送博物館がある)に上るエレベーターで、この左側に広がる「愛宕グリーンヒルズ」と同時に2001年に建設されたものらしい。新旧の建造物が共存して、ちょっと不思議な雰囲気を醸し出している。
愛宕隧道の全長はわずか76.6メートル、幅は9メートル。歩道が両脇に2.5メートルずつあるので車道は4メートルしかなく、愛宕下通り側からの一方通行路になっている。ここに仮にトンネルがなかったとしても、そう不便はないように思え、建設当時、どれだけの経済効果を生んだのか分らない。当時の人々には、トンネルの向こう側に、何か素晴らしい未来が見えたのであろうか。
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