出世の石段
東京23区で一番高い山はどこ? と言えば、それは愛宕山だそうである。会社から徒歩10分ほどの距離だ。山頂には、慶長8年(1603)、徳川家康の命により、江戸を火災から守る神様が祀られた愛宕神社がある。高いといっても標高は26メートル。7~8階建てのビルの屋上といったところだろうか。それでも、周辺に高いビルがなかった時代にはたいそう見晴らしのよいところであったらしい。こんなエピソードもある。
時はまさに江戸から明治に移ろうとする慶応4年(1868)、新政府軍による3月15日の江戸城総攻撃を間近に控えたある日、交渉に当たっていた幕府側の勝海舟と、新政府軍側の西郷隆盛はともにこの愛宕山に登った。そして、眼下に広がる江戸の町を見渡し「この町を戦火で焼失させてはいけない」との思いを共にして、4月11日の江戸城無血開城につながったというのである。
そんな話に刺激を受け、同じ3月のある日、私も登ってみた。お参りをした後、「出世の石段」と呼ばれる急勾配の石段を下り、写真に収めた。何でも、3代将軍家光が、馬でこの石段を駆け上り山上の梅の枝を持ってこいと命じた折、誰もが尻ごみする中で、ある無名の武士がさっそうとやってのけ、その名を全国にとどろかせたというのが由来という。
ここで、待てよと思った。「出世の石段」なら、下りるだけじゃまずいんじゃないの? 意を決して、もう一度登ることにした。石段は86段、70段くらいで息が切れた。帰りはもと来た勾配の緩い参道を戻った。さて、私のこれからの人生はいかに?
なお、愛宕山は大正14年(1925)7月、日本で初めてラジオの本放送が始まった場所としても知られ、その跡地がNHK放送博物館になっているのはご存知のとおりだ。
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