アートになった大使館
港区は東京23区で最も大使館の数が多い区だそうである。2009年4月に港区産業・地域振興支援部が発行した小冊子をみると、実に76カ国もある。わが西新橋には無いものの、隣接する虎ノ門から麻布地区にかけて集中している。
したがって、そうした大使館のそばを通りかかることもあるのだが、なぜか緊張感が走る。特殊な街宣車が隊列をなして麻布地区を走っていた日、たまたま韓国大使館付近をうろついていたところ、怪しい人物に見えたらしく、警備の警察官に呼び止められてしまい、それ以来、ちょっとした大使館恐怖症なのかもしれない。
そんな麻布地区にある大使館の1つ、フランス大使館でアートイベントをやっているというので覗いてみた。フランス大使館は2009年11月上旬、隣接地に建設された新庁舎に移転した。それに伴い、旧庁舎は取り壊され跡地にマンションが建てられることになった。旧庁舎は昭和32年(1957)に建設され、まだ重厚なデザインが好まれていた時代に、モダンで斬新なデザインが注目を集めたそうだ。しかし、大使館は誰もが気軽に入れる場所ではない。この歴史的な建物を人知れず壊してしまうのは惜しい、解体する前に、日本やフランスの新進アーティストに創作の場として提供し、多くの人に見てもらう機会にしようと考えたらしいのだ。
かくして開かれたのが「No Man's Land(ノーマンズランド)―創造と破壊―」(2009年11月26日~2010年1月31日の木・金・土・日曜開催)。誰もいなくなった大使館の建物に、解体されるまでのわずかな時間だけ許された創造の国である。大使館庁舎という制約された空間だが、施設や部屋をどのように使うかは自由。力を尽くしても、一定期間の後は破壊される定めにある。そうした自由と制約の間で、多様なアートの世界が花開いた。好き勝手にしていいよ、と言われた子供たちが嬉々として遊び回った空間を見るようでもあり、どこかの美術学校の文化祭を訪れたかのような雰囲気も感じられた。制作進行中のアーティストに出会えたり、アーティスト自身が作品の一部になって来場者とコミュニケーションをとったり(写真中)といった企画も楽しめた。
1本の大きな桜をメインに、椿、ツツジなどが植えられた日本風の中庭(写真下左)に面して、かつてのロビーと思しきスペースがカフェになっていたので(同右)、せっかくのフランス大使館だからと、バケットサンドとコーヒーのセット(600円)をいただいてひと休みした。大使館恐怖症が少しは緩和されたかな、と思った。
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